元気、ニッポン!

「元気、ニッポン!」プロジェクト、今夏スタート!

2017年06月30日

#パラリンピック

読売新聞社はスポーツを通じて日本を元気にする「元気、ニッポン!」プロジェクトを始めます。2020年とその先に向けて、大人や子ども、さまざまな人たちが一緒に参加できる企画を打ち出していきます。スタートにあたり、スポーツ庁の鈴木大地長官と、リオデジャネイロ・パラリンピック銅メダルの辻沙絵選手(日体大大学院)が、スポーツの持つ力と東京大会の夢を語り合いました。

対談 鈴木大地・スポーツ庁長官×辻沙絵・パラ陸上選手

響きがするような歓声を経験したリオ

辻沙絵選手(左)の義手を握る鈴木大地・スポーツ庁長官(6月15日、東京都渋谷区で)
辻沙絵選手(左)の義手を握る鈴木大地・スポーツ庁長官(6月15日、東京都渋谷区で)

――昨夏のリオ大会は五輪とともにパラリンピックの存在感を示した大会でした。この勢いを東京大会につなげたいですね。
辻沙絵選手 観客がすごく多くて、地響きがするような歓声で、逆に自分の心臓の音しか聞こえないぐらい。こんな経験は初めてでした。これと同じ体験を日本で出来るのか考えた時に、まだ難しい。
鈴木大地・スポーツ庁長官 やはり、自国の選手が活躍しないと盛り上がりません。そのため選手が活躍できるように環境を整えており、昨年、鈴木プランを発表しました。2020年は特別な大会ですが、それ以降も継続して強化していきたいです。

五輪・パラ支援に差つけず

<鈴木プラン>  2020年東京五輪・パラリンピックや、その後のメダル量産に向けた中長期的な強化戦略のための支援方針。スポーツ庁が昨年10月にまとめた。日本がメダルを獲得できる競技数を増やすことを目指す。日本スポーツ振興センター(JSC)などでつくる「協働チーム」が各競技団体の強化策を検証、助言を行う。競技力向上に関する情報を一元的に管理する「ハイパフォーマンスセンター」の充実、女性アスリート支援強化のほか、有望アスリート発掘も盛り込まれ、日本体育協会の「ジャパン・ライジング・スター・プロジェクト」はその具体策の一つ。五輪競技とパラリンピック競技との支援の差を設けない、としている。

 

五輪・パラ支援に差つけず

――スポーツには人を元気にするという側面もあります。お二人はアスリートとして、そのような瞬間に立ち会った経験はありますか。
鈴木 1988年のソウル五輪で金メダルを取って帰ってきた時、多くのお手紙を頂きました。「ありがとうございました」「生きる希望が出た」と書かれていました。自分のために泳いできたつもりだったので驚きました。こんなに多くの人が喜んでくれたんだ、と初めて実感しました。
辻 私も同じ経験があります。「ありがとう」と言われるとうれしくなります。試合の時に地元の方々が集まって、応援してくれる場を設けてくださいました。

――選手の活躍に地域も活気づきますね。それに続こうという選手も出てくるでしょう。お二人もトップ選手から元気をもらったり、刺激を受けたりしたことはありますか。
鈴木 メダルを取るなど活躍した日本人選手の講演や実技指導を受け、日本人でも金メダルを取れるんだという気持ちになりました。
辻 ハンドボールをしていた頃、宮崎大輔選手(大崎電気)の教室がありました。背は高くないけれど日本代表で活躍していて、「自分もできる」と思わせてくれた存在でした。大きい目標をすぐそばで見られることで、頑張りたい気持ちが高まりましたね。

――東京大会の熱気をどのように地方に波及させていきますか。
鈴木 大会が終わってから全国各地に日本人選手、世界中の選手が訪ねて行く「事後合宿」をするのはおもしろい。選手はリラックスした状態で、メダルを地方の子どもたちに見てもらうだけでも、影響力は大きいです。

――子どもたちにメダルを見てもらう意義とは。 辻 教室などの機会があれば、できるだけ触ってもらうようにしています。メダルを取ることは遠い話じゃないよ、自分にもできるよ、チャンスはあるんだよ、と伝えたい。(多くの人に触れてもらって)表面がはげてきました。

鈴木大地・スポーツ庁長官(6月15日、東京都渋谷区で)
鈴木大地・スポーツ庁長官(6月15日、東京都渋谷区で)
パラリンピアンの辻沙絵さん(6月15日、東京都渋谷区で)
パラリンピアンの辻沙絵さん(6月15日、東京都渋谷区で)

――前回の東京大会を機に日本は経済発展を果たしました。2020年大会で社会はどのように変わるべきでしょうか。
鈴木 見る側、支える側として参加してもらい、その次は「自分でもやってみよう」と体を動かしてもらいたい。医療費の高騰は現実的な問題です。健康維持への働きかけになればいい。スポーツで社会がどう変われるのか、日本が世界に先進事例を示したい。
辻 電車でお子さんから「なんであの人、腕ないの?」と言われることがあります。その子は悪気はないのですが、疑問を持つのが普通です。でも親が「見ちゃダメよ」と言うのが今の社会。パラスポーツを知ってもらうことで「格好いい」と感じてもらえると思います。共生社会の実現につながってほしいです。

――パラスポーツの競技人口、観客をどのように増やしていきますか。課題は。
鈴木 全国の特別支援学校の児童生徒に呼びかけると同時に、一般学級に通う障害者や先生への働きかけをしていく必要があります。
辻 15年のパラ陸上の世界選手権は、多くの選手が自費で行きましたが、今夏の世界陸上選手権では負担は軽減されるようです。少しずつ変化を感じていますが、パラスポーツを広く伝える手段がもっとあればいいのですが。

――日本体育協会が今年度、募集を始めた有望選手の発掘事業「ジャパン・ライジング・スター・プロジェクト」では、競技の転向も勧めています。辻さんはハンドボール選手でしたが、転向の意義とは。
辻 最も自分の輝ける場所を見つけてもらいました。転向してすごくよかった。人とのつながりが増えて、自分の成長につながりました。
鈴木 辻さんはいいロールモデルです。「辻さんを見てみなさい」と言える。それでもまだ世界の強豪国と比べると、日本はパラスポーツのすそ野が広がっていない。

――リオ大会後の合同パレードのように五輪・パラの融合は進みましたが、現状は。
鈴木 障害者スポーツは14年度に厚生労働省から文部科学省に移管されました。15年に発足したスポーツ庁が、初めて4年間継続して強化を担い迎えるのが東京大会。そこで成果が試されるでしょう。そして五輪とパラはセットになってきました。19年度中に完成するナショナルトレーニングセンターの拡充整備事業(第2トレセン)では共同利用化も図ります。こういった場所で、互いに交流することは選手には刺激になります。

――東京大会まであと約3年です。どのような大会にしたいでしょうか。
辻 選手として結果を出すことこそ、パラスポーツの関心を高めること。そのために、集中できる環境が整っていると、すごくうれしい。リオで肌で感じた歓声、観客の多さを日本で再現して、リオの上を行く大会であってほしい。
鈴木 運営の成功と、選手の活躍の両面を確実に進め、満員の観客の前でプレーしてもらいたい。「日本の雰囲気は最高だった」「また来たい」と言ってくれる人が増えてほしい。文化や観光面でも日本の良いところを知ってもらうチャンスです。競技だけではなく、いい日本を見せたいですね。

――最後にメッセージをお願いします。
辻 ぜひ、パラスポーツの大会に足を運んでもらい、選手のまなざしの熱さを感じてもらいたいです。

鈴木 スポーツで世界とつながることができて、色々な人と友だちになれます。これは最高の財産です。若い人にもどんどんチャレンジしてもらいたい。(聞き手・運動部長吉形祐司)
◇すずき・だいち 1967年3月10日生まれ。千葉県出身。88年ソウル五輪競泳男子100メートル背泳ぎで金メダルを獲得。2007年に順天堂大大学院で医学博士号を取得。日本オリンピック委員会理事、日本水泳連盟会長などを歴任。15年10月にスポーツ庁の発足と同時に初代長官に就任。
◇つじ・さえ 1994年10月28日生まれ。北海道函館市出身。生まれつき右腕の先がない。小学5年でハンドボールを始め、茨城県立水海道第二高で全国高校総体ベスト8に入った。2015年にパラ陸上に転向し、リオデジャネイロ大会女子400メートルで銅メダルを獲得。今年4月から日体大大学院。

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